村岡花子と『赤毛のアン』の出会いは、決して偶然の産物ではない。カナダ人宣教師ミス・ショウから手渡された一冊の洋書『Anne of Green Gables』。第二次世界大戦の影が濃くなり、英語が「敵性語」として厳しく弾圧されるなか、花子はその本を書斎の畳の下や防空壕に隠し、夜な夜な辞書を片手に翻訳を続けた。
いつ空襲警報が鳴り響くか分からない闇夜。爆弾が降ればすべてが灰燼に帰す極限状態にあっても、花子のペンは止まらなかった。なぜ彼女はそこまでして、見知らぬカナダの孤児の物語に命を託したのか。それは、失われゆく美しき日常、そして戦後に訪れるはずの平和な未来の子供たちへ、希望の種を遺すためだった。
終戦後、物資不足の荒波を越えて1952年に刊行された『赤毛のアン』は、焦土と化した日本で爆発的なベストセラーとなった。モンゴメリの紡いだプリンス・エドワード島の緑豊かな情景は、花子の透徹した日本語訳によって、傷ついた日本人の魂を癒す決定打となったのである。