大阪市街地から近郊の私鉄沿線に至るまで、初見の旅行者を惑わす駅名や町名は至るところに潜んでいます。
京阪電気鉄道交野線の終着駅である私市(きさいち)は、かつての大和朝廷において皇后(きさき)の私有地や部民を管理した「私部(きさいちべ)」にルーツを持ちます。生駒山系の豊かな緑に囲まれたこの地は、古代の王権構造を現在に留める貴重な言語学的化石といえます。
阪急電鉄の全本線が交差する大ターミナル十三(じゅうそう)は、初見では「じゅうさん」と読まれがちです。淀川の重要な渡し場であったこの地は、平安時代以降の水運網における重要な拠点であり、かつての条里制における区画番号や、京都から数えた番数など諸説が飛び交う活気ある街です。
ビジネス街の中枢である靱本町(うつぼほんまち)や製薬企業が本社を連ねる道修町(どしょうまち)は、天下の台所と呼ばれた近世大坂の商業活力の賜物です。「靱」は海産物問屋の賑わいを表す歴史的語彙であり、「道修町」は幕府から薬種の独占売買を認められた薬種仲買の伝統を今なお受け継ぐ、日本屈指の薬品専門街としての誇りを宿しています。
さらにOsaka Metro谷町線の野江内代(のえうちんだい)は、「内代」を「うちしろ」でも「ないだい」でもなく「うちんだい」と鼻音化させて読ませる独特の音韻構造を持っています。このエリアは中世の荘園や田畑の管理体系を色濃く反映した複合地名です。