大東亜戦争とは何か?Ghqが隠した真相と太平洋戦争との決定的な違い

大東亜戦争とは何か?Ghqが隠した真相と太平洋戦争との決定的な違い

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大東亜戦争を検証する上で避けて通れないのが、スローガンとして掲げられた「大東亜共栄圏」の理念と、実際の占領統治との間に生じた巨大な乖離です。

1943年(昭和18年)11月5日から6日にかけて、東京の貴族院議場で開催された「大東亜会議」は、その理念を象徴する歴史的イベントでした。日本の東條英機首相を議長とし、中華民国(南京国民政府)の汪兆銘、タイ王国のワンワイタヤーコーン殿下、満州国の張景恵、フィリピンのホセ・ラウレル、ビルマのバー・モウ、そして自由インド仮政府首班のスバス・チャンドラ・ボースが参加しました。

採択された「大東亜共同宣言」には、自主独立、共存共栄、人種差別撤廃、経済発展の促進など、現代の国際秩序にも通じる先進的な条文が並びました。実際に、イギリスやオランダの過酷な植民地支配下にあった東南アジア諸国において、日本軍の進出が宗主国の支配構造を打破し、戦後の独立運動へ向けた軍事教練や組織化の契機となった側面は否定できません。

しかし一方で、現実の日本軍の最優先課題は「南方資源(石油、ゴム、スズ)の確保と本土への補給」であり、戦況悪化に伴い現地住民に対する食糧徴発や強制労働(泰緬鉄道の建設など)が頻発しました。アジア解放という崇高なスローガンは、本土防衛と戦争継続のための軍事的要求の前に形骸化し、現地社会に癒えがたい爪痕を残す結果となったのです。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。