高校時代の大谷選手は、骨の成長痛(成長障害)に悩まされた時期もあり、1年時は無理な登板を避けて野手中心で起用されました。しかし、肉体の成長とともにその剛腕は凄みを増していきます。
甲子園の成績・出場歴としては、2年春(選抜)、2年夏(選手権)、3年春(選抜)の計3回出場を果たしました。甲子園の舞台では初戦敗退や怪我の影響による制球難など苦い経験も味わいましたが、高校通算で放った高校通算本塁打は56本に達し、打者としての非凡な才能も全国に知らしめました。
そして最大の伝説となったのが、高校3年夏の岩手県大会準決勝(一関学院戦)です。大谷選手はアマチュア野球史上初となる高校時代最速160キロをマーク。球場のスピードガンが160の数字を刻んだ瞬間、スタジアムはどよめきと大歓声に包まれました。一部で計測器の誤差を疑う声もありましたが、投球フォームの力感と打者の詰まり方を見れば、そのボールが本物であったことは明白でした。