大谷翔平と女子アナウンサーの間に「見えない壁」が築かれた契機は、北海道日本ハムファイターズへの入団当時にまでさかのぼります。当時指揮を執っていた栗山英樹監督をはじめとする球団フロントは、二刀流という前人未到の挑戦を成功させるため、徹底した情報管理とプライベート保護の環境を整えました。
その代表例が、メディア関係者、とりわけ女子アナウンサーとの「単独接触の禁止」です。球場外での個別インタビューや宿舎ホテルでの立ち話はもちろん、テレビ局のプロデューサーを介した会食の設定なども一切遮断されました。これには「野球だけに100%の集中を注ぎ込ませる」という球団側の強い育成方針が反映されていました。
さらに、この鉄壁のガードを後押ししたのが大谷の両親の意向です。元社会人野球選手である父・徹さんと、バドミントン選手として活躍した母・加代子さんは、息子が華美な芸能界の空気に巻き込まれることを強く警戒していました。「派手な交際やスキャンダルで本業を疎かにしてはならない」という家庭内の確固たる教育方針が、球団のメディア規制と完全に一致していたのです。