「ここ一番の負荷がかかる場所は、手縫いに限る」
工房主が針を2本同時に走らせるクードゥ・セリエ(サドルステッチ)を見せてくれた。ミシン縫いの場合、一本の糸が切れると連鎖的にステッチ全体が解けてしまう致命的な弱点がある。しかし、二本の針を交差させながら手で締め上げる縫製は、仮に一箇所が擦り切れても決してバラバラにはならない。
菱目打ちで開けられた等間隔の穴に、蝋引きされた麻糸が通るたび、キュッという鋭い摩擦音が立つ。力の込め具合ひとつで革の引き締まり方が変わり、鞄全体の剛性が決まる。均一すぎない、しかし完璧に整ったステッチライン。そこには数値化できない人間の身体感覚がそのまま宿っている。
最新の縫製ロボットがどんなに進化しようと、革の部位ごとに異なる硬さや伸縮性を指先で瞬時に判断し、締め加減を微調整することはできない。彼らが意図してミシンを止める理由が、そこにある。