近年の日本史研究・歴史教育の現場では、「大化の改新」の捉え方が大きく変貌を遂げている。かつては645年のクーデターから一気に律令国家が完成したと教えられていたが、難波宮跡の発掘調査や出土した木簡の分析により、「改新の詔」に記された諸制度の多くは後世の『日本書紀』編纂時に加筆・潤色された可能性が高いことが判明している。
実態としては、クーデター直後にすべてが変わったわけではない。旧豪族層の激しい抵抗や妥協を繰り返しながら、半世紀以上をかけて段階的に律令体制が構築されていった。現在、学校現場でクーデターそのものを「乙巳の変」、その後に続く一連の政治改革を「大化の改新」と明確に呼び分けるようになったのは、こうした実証的な歴史研究の進展がもたらした最大の成果といえる。