Q1:大津事件でロシアが日本に報復攻撃や賠償請求をしなかったのはなぜですか?
A1:明治天皇自らが京都へ出向いて見舞うなど極めて丁重な国家対応を行ったこと、皇太子自身の怪我が軽症であったこと、そして法に則った公正な裁判が行われたことで、ロシア側が外交問題としてこれ以上追及しない方針を決定したためです。
Q2:児島惟謙はなぜ「護法の神」と称えられたのですか?
A2:内閣総理大臣や元老たちが強大な政治権力を用いて死刑判決を迫ったにもかかわらず、憲法が保障する「司法権の独立」と「罪刑法定主義」の原則を命がけで守り抜いたためです。
Q3:大津事件の後、犯人の津田三蔵はどうなったのですか?
A3:判決確定後、津田は北海道の釧路集治監(刑務所)に収容されましたが、事件発生からわずか数か月後の1891年9月29日、急性肺炎(肺結核とも)により獄中で病死しました。