Q1:大西瀧治郎はなぜ「特攻の生みの親」と呼ばれるのですか?
A1:1944年10月のフィリピン・レイテ沖海戦において、第一航空艦隊司令長官として海軍初となる組織的な体当たり攻撃部隊「神風特別攻撃隊」を正式に編成・命令した最高責任者であったためです。
Q2:なぜ自決の際に介錯や治療を断ったのですか?
A2:自らが死地へと送り出した数千名の特攻隊員たちが味わった苦痛と無念に寄り添い、自らも麻酔や介錯なしで最大の苦痛を味わいながら死ぬことが、指導者としての唯一の贖罪であると考えたためです。
Q3:大西中将のお墓はどこにあり、現在も参拝できますか?
A3:神奈川県横浜市鶴見区にある曹洞宗大本山「總持寺(鶴見総持寺)」に建立されています。境内には大西瀧治郎の墓碑とともに特攻隊員を慰霊する碑があり、現在も一般の参拝が可能です。