稲川会の歴史は、初代の卓越したカリスマ性に始まり、代替わりを経るごとに近代的なピラミッド組織へと洗練されてきた軌跡でもあります。これまでの歴代会長の経歴と組織の変遷を振り返ります。
初代総裁:稲川聖城(1914~2007)
静岡県熱海市を本拠に「鶴政会」を結成。博徒の伝統的な義理人情を重んじつつ、卓越した統率力で関東一円から東日本全域へと勢力を急拡大させました。「錦政会」「稲川一家」を経て「稲川会」へと改称し、一代で国内屈指の巨大組織へと育て上げた伝説的人物です。
二代目会長:石井隆匡(石井進 / 1923~1991)
1985年に二代目を継承。バブル経済の波に乗り、株式投資や不動産開発など独自の経済戦略を展開しました。政財界の黒幕とも深く交わり、組織の財政基盤を飛躍的に強化しましたが、バブル崩壊と体調悪化に伴い引退しました。
三代目会長:稲川裕紘(稲川土肥 / 1940~2005)
初代の実子であり、1990年に会長就任。血縁継承による求心力と、山川修身(山川一家創設者)ら実力派の側近を重用することで組織の結束を図りました。しかし2005年に急逝し、後継者選びをめぐる重要な転換点を迎えます。
四代目会長:角田吉男(1932~2010)
三代目急逝後の組織の動揺を収拾すべく、2006年に就任。京葉七軒町一家総長としての実績と温厚かつ確固たる人望で、他団体との摩擦を回避しつつ組織の調停に尽力しました。
五代目会長:清田次郎(辛炳圭 / 1940~)
2010年に五代目を継承。川崎を本拠とする名門「山川一家」の二代目総長であり、実力派ブロックの統率者として強力なリーダーシップを発揮。組織のスリム化とコンプライアンス(組内統制)の厳格化を推進しました。
六代目会長:内堀和也(内堀和雄 / 1952~)
2019年に六代目を継承した現トップ。三代目山川一家総長を務め、五代目体制下では理事長として実務を完全に掌握していました。知性派でありながら現場の統率力にも定評があり、2026年現在も盤石の体制を敷いています。