神奈川・川崎の地で頭角を現した清田の原点は、徹底した現場主義と組員への厳格な統制にあった。山政一家の総長として頭角を現した彼は、義理と規律を何よりも重んじ、瞬く間に組織中枢へと駆け上がる。当時を知る古参関係者は「寡黙だが眼光の鋭さは尋常ではなく、一度下した決断が揺らぐことはなかった」と振り返る。
五代目会長就任に伴い断行された組織改革は、まさに電撃的だった。肥大化し複雑に入り組んでいた直参制度をスリム化し、意思決定のスピードを劇的に向上させたのだ。この再編劇の裏には、警察当局の包囲網をかわしつつ、内部の結束を盤石にするという高度な計算が働いていた。当時作成された内部資料からは、単なる派閥抗争の調停にとどまらず、21世紀型の機能的な組織体へと刷新を図ろうとした生々しい意図が読み取れる。
こうした再編の成果は現在の勢力図にも色濃く影を落としている。関東一円に張り巡らされた強固な地盤と、他団体との無用な摩擦を避ける合議制の原型は、すべて清田体制の時代に築かれたものだ。