1623年、将軍宣下を受けた家光は、集まった諸大名に対して前代未聞の演説を行いました。それが有名な「余は生まれながらの将軍である」という宣言です。
家康や秀忠は、かつて織田信長や豊臣秀吉の配下、あるいは他の大名と同列の武将として戦国乱世を生き抜いてきました。そのため、古参の大名たちに対して一定の配慮や遠慮が必要だった側面があります。
しかし、家光は江戸幕府が成立した後に将軍家の嫡男として生まれ育ちました。家光は各大名に対し、「祖父や父は大名諸侯を同僚のように扱ったかもしれないが、自分は初めから主君として生まれた。不服がある者はいつでも国元に帰り、戦の準備をせよ」と言い放ったと伝えられています。この圧倒的な気迫と覚悟に、並み居る歴戦の大名たちは平伏し、将軍と大名の絶対的な主従関係がここに確定しました。