「観光客にはまだ見つかってほしくないんです」
天竜川の支流近く、鬱蒼とした木々に覆われた坂道を登った先で出会った地元常連客は、声を潜めてそう語った。築90年を超える養蚕農家を改装したその古民家カフェでは、看板すら掲げられていない。
取材班が口にしたのは、地元農家から直接仕入れる無農薬いちじくと発酵バターを贅沢に焼き上げたタルトだ。Instagramのハッシュタグをいくら掘り下げても、食べログの検索上位を巡っても、この店の名前に行き当たることはない。店主自らが「一人ひとりの時間を守るため」に位置情報のタグ付けを丁重に断っているからだ。
柱に残る古い傷、煤けた梁、そして窓外に広がる茶畑の緑。地元民が太鼓判を押す真の名店は、拡散されることを拒む静けさの中にこそ息づいている。