1959年、来日中だったインドネシアの初代大統領スカルノ氏と帝国ホテルのバーで運命的な出会いを果たします。知性と類まれなる美貌に強く魅了されたスカルノ大統領から熱烈な求婚を受け、わずか19歳で単身ジャカルタへと渡りました。
1962年、正式に婚姻を結び「ラトナ・サリ・デヴィ(宝石の聖なる女神)」の名を授かって第3夫人となります。夫人は単なる大統領夫人にとどまらず、海外VIPの接遇や対日外交のパイプ役として縦横無尽に活躍。国家元首の最側近として国際政治の最前線に立ちました。
しかし、栄華は長くは続きませんでした。1965年に勃発した「9・30事件」(軍事クーデター)によって政情は暗転。スカルノ大統領は権力を剥奪されて自宅軟禁状態となり、身重だったデヴィ夫人は日本、そしてフランス・パリへの亡命を余儀なくされます。1970年にスカルノ元大統領が逝去するまで、激動の歴史の波に翻弄されながらも、彼女は夫への誇りと自尊心を決して失いませんでした。