1972年に『少女は大人になりました』でデビューを果たした牧村三枝子さんは、透明感のある美声と確かな歌唱力を持ちながらも、しばらくの間は決定的なヒット作に恵まれない不遇の時期を過ごしていました。デビューから数年が経過し、歌手としての岐路に立たされていた彼女の運命を劇的に変えたのが、俳優・渡哲也さんが歌っていた隠れた名曲との巡り合いでした。
『みちづれ』は元来、1975年に渡哲也さんが発表したアルバムに収録されていた楽曲です。ラジオや有線で耳にした牧村さんは「この歌をどうしても歌いたい、自分の命を吹き込みたい」と強く熱望し、師匠である作曲家・遠藤実氏に直談判を持ちかけました。当時、他社のトップスターが吹き込んだ楽曲を若手歌手がシングルとしてカバーすることは、レコード会社の専属制度が色濃く残る芸能界において極めて異例の試みでした。
当時の特番インタビューや関係者の証言によると、企画を持ちかけられた渡哲也さんは「牧村さんが歌ってヒットしてくれるなら、これほど嬉しいことはない」と二つ返事で快諾し、自らの版権や権利関係のハードルを率先して取り払ったと伝えられています。後年、牧村さんは「渡さんの懐の深さと優しさがなければ、歌手としての私は終わっていた」と涙ながらに述懐しています。大スターの無私の支援と、崖っぷちに立たされていた女性歌手の情熱が融合した瞬間でした。