最も深刻な懸念は「亡くなった本人の代わりに、残された家族が借金を背負わされるのか」という点です。日本の近代法における基本原則は「自己責任の原則(過失責任の原則)」であり、犯罪や不法行為の責任が血縁者へ自動的に連座することはありません。すなわち、親族・家族への賠償責任の有無という問いに対しては、法的に「親族であるという理由だけで直接責任を負うことはない」というのが明確な原則です。
では、なぜ家族へ請求が届く事例が存在するのか。ここには2つの全く異なる法理が絡み合っています。これこそが遺族への損害賠償請求の真相を理解する最重要ポイントです。
第1のルートは「相続財産としての承継」です。事故を起こした当事者(故人)に判断能力(責任能力)があった場合、事故発生の瞬間に故人自身に損害賠償債務が発生します。そして当事者が死亡すると、その負債は民法第896条の規定により包括的に相続人へ引き継がれます。つまり、遺族は「家族としての連座責任」ではなく「故人の借金を相続した立場」として支払いを求められるのです。
第2のルートは「民法第714条に基づく監督義務者責任」です。当事者が重度の認知症高齢者や責任能力のない年少者であった場合、本人に不法行為責任は問えません。その代わりに鉄道会社は「身元を管理・監督すべき立場にあった家族」に対し、直接の損害賠償を求めて訴訟を起こすケースがありました。
この第2のルートについて司法の明確な分水嶺となったのが、2016年3月1日の鉄道人身事故の裁判判例(JR東海・愛知県大府市認知症男性列車事故訴訟)です。徘徊中の認知症高齢者が列車にはねられ死亡した事故で、JR東海が別居の長男と高齢の妻に約720万円の損害賠償を求めた事案に対し、最高裁第3小法廷は「同居の妻であっても高齢で要介護状態であり、客観的な監督義務者とはいえない」「別居の長男も事実上の監督をしていたとは評価できない」として請求を完全に退けました。この判決以降、責任能力のない親族の事故において、家族が法的な監督義務違反を理由に賠償を命じられるハードルは極めて高くなっています。