多くの人が「知事に就任した後の名演説で生まれたセリフ」と記憶していますが、実はこの言葉の元ネタは、知事選告示前の2006年12月14日に行われた出馬表明記者会見にあります。
当時、宮崎県政は未曾有の危機に瀕していました。官製談合事件によって当時の現職知事が逮捕・辞職するという地方自治の根幹を揺るがす不祥事が発生。県民の間には政治不信と閉塞感が色濃く漂っていました。そうした重苦しい空気の中、出馬を決意した東国原氏が会見場に集まった報道陣を前に、ふるさとへの危機感を剥き出しにして放った一言が「宮崎をどげんかせんといかん」だったのです。
既成政党の推薦を受けない完全無所属、知名度はあれど政治経験のない元芸人という逆風の中で発せられたこのフレーズは、台本通りの美辞麗句に飽き飽きしていた有権者の胸を激しく打ち抜きました。地方政治の刷新を求める有権者の熱量と見事に合致したことが、歴史的な大金星へとつながる原動力となりました。