漫画作品と並んで東海林氏の代名詞となったのが、1987年に週刊朝日で産声をあげた『丸かじりシリーズ』です。『タコの丸かじり』に始まり、『鯛の丸かじり』『キャベツの丸かじり』と続いたこのシリーズは、単行本・文庫を合わせて47巻以上に達し、累計数百万部のベストセラーとなりました。
当時のバブル経済真っ只中、世間では高級フレンチや予約困難な寿司屋を誇示する「グルメブーム」が吹き荒れていました。そんな時代に、東海林氏が選んだテーマは「立ち食いそば」「コロッケ」「冷奴」「駅弁のたくあん」といった徹底的な日常食でした。高級店の味付けを批評するのではなく、「シューマイの上に載っているグリーンピースの孤独」「おでんのちくわぶの存在理由」「ビールを一口飲む瞬間の喉の渇きと幸福のメカニズム」など、人間の内面で起きる微細な感情の揺れを顕微鏡で覗くように描いたのです。
この誕生の背景には、「特別なごちそうを食べる行為よりも、誰もが毎日口にする当たり前の食べ物にこそ人間の本性が表れる」という確固たる作家哲学がありました。過剰な美食情報に疲れ、等身大の共感を求める現代の読者にとって、東海林氏の食エッセイは今なお瑞々しい発見と癒やしを与えてくれます。