東日本大震災で総理が下した決断とは?緊迫の官邸初動と証言の全貌

東日本大震災で総理が下した決断とは?緊迫の官邸初動と証言の全貌

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2011年3月11日夕刻、首相官邸地下の危機管理センターは緊迫の度を深めていた。当時の総理大臣・菅直人が直面したのは、物理的な被害の大きさだけではない。炉心溶融(メルトダウン)の進行度合いすら即座に把握できない「情報のブラックホール」だった。

翌朝に敢行された総理の福島第一原発への現地視察は、後に「現場への過度な介入」と強い批判を浴びることになる。だが、後の検証証言によれば、官邸には現場の実態やベント(排気)遅延の具体的理由が全く届いていなかった。最悪のシナリオ――半径250キロ圏内からの住民退避、すなわち東京都民を含む約3000万人の避難という破滅的な構想が近藤駿介原子力委員会委員長から提出された際、執務室は完全な沈黙に包まれたという。

極限状態における指導者の決断は、常に功罪の両面を抱え込む。菅直人官邸が下した自衛隊・消防・警察の総動員や米軍への支援要請、そして東電本店への乗り込みは、結果として暴走を防ぐ歯止めとなったのか、それとも指揮系統を混乱させたのか。歳月を経て公開された当事者たちの口述記録は、正解のない問いに立ち向かった人間の生々しい葛藤を物語っている。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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