旧前田侯爵邸の建築を主導したのは、旧加賀藩前田家第16代当主の前田利為侯爵です。駐英武官としての滞在経験が長かった利為は、ヨーロッパの貴族社会における洗練された社交文化を肌で知る人物でした。当時の東京帝国大学教授・塚本靖に設計監督を依頼し、宮内省内匠寮出身の気鋭の建築家・高橋貞太郎が実際の設計を担当しました。
建築様式には、16世紀のイギリス後期ゴシック様式に端を発する「チューダー様式」が採用されています。急勾配の屋根、木組みを露出させたハーフティンバー風の装飾、そして外壁を覆う温かみのあるスクラッチタイルが特徴です。当時の華族階級の邸宅はフランス・ルネサンス様式が主流でしたが、利為はあえて落ち着きと気品を兼ね備えたイギリス田園貴族の邸宅(マナー・ハウス)の佇まいを選びました。
当時の関係者記録や華族の手記によると、この館は単なる私邸にとどまらず、「海外からの賓客を堂々と迎える迎賓館」としての国家的役割を担っていました。敷地面積約1万坪、延床面積約970坪というスケールは、当時「東洋一の邸宅」と国内外から絶賛を浴びるにふさわしい威容を誇っていました。