読書メーターやSNSのレビューにおいて、「電車の中で読んで涙が止まらなくなった」「親になって再読したら嗚咽した」という声が絶えない最大の要因は、作中で提示される過酷な運命の残酷さと、それを超越する圧倒的な肯定感にあります。
物語の根底にあるのは、時生を侵す「グレゴリー症候群」という病の存在です。これは遺伝性の進行性難病であり、男児に高い確率で発現し、思春期を迎える頃には運動機能を奪い、やがて呼吸不全や意識障害を引き起こして早世に至るという、逃れられない死の宣告です。妻の康美の家系に流れるこの因果を知りながら、拓実と康美は「たとえ短い命であろうとも、この世に生まれさせよう」と決断しました。
しかし、成長した時生が激しい苦痛に喘ぎ、死に向かう姿を前に、親としての罪悪感は拓実をさいなみます。「自分たちのエゴで産み落とし、苦しませてしまったのではないか」という問いは、親として最も深く重い苦悶です。その問いに対し、時空を超えて過去へとやってきた時生自身が、若き日の父に行動と背中で答えを示します。「自分は生まれてきて幸せだった」「父さんと母さんの子どもでよかった」というメッセージが、無骨な男同士の友情の形をとって届けられる瞬間に、読者の涙腺は決壊します。