ドラえもんという作品において、読者がもっとも強い執着と想像力を燃やし続けてきたテーマが「最終回」です。公式連載の中で藤子先生自身が執筆した正規の最終回候補(「ドラえもん未来へ帰る」「ドラえもんがいなくなっちゃう!?」「さようなら、ドラえもん」)とは別に、巷間では2つの強烈な異説が社会問題化するほどの熱量を帯びて語られてきました。
第一の異説が、昭和末期に子供たちの心を震撼させたドラえもん最終回植物人間説です。その筋立ては極めて残酷です。「のび太は交通事故(あるいは不治の病)によって長期の昏睡状態にあり、病室のベッドで横たわっている。ドラえもんという存在も、未来のひみつ道具も、仲間たちとの冒険も、すべては意識を失ったのび太が脳内で見ていた儚い妄想に過ぎなかった」という衝撃的な結末です。
この噂は1980年代半ば、学校の教室や手紙のチェーンメールを通じて全国規模で猛烈に拡大しました。子供たちの間で「ショックで登校拒否になった」「ドラえもんを見るのが怖くなった」という声が続出し、事態を重く見た藤子・F・不二雄先生本人が当時のインタビューや学年誌の誌面を通じて「ドラえもんはそんな悲しいお話ではありません。安心して楽しんでください」と明確に異例の否定声明を出す事態にまで発展しました。自らの作品が生死の残酷な諧謔に晒されたことに対し、藤本先生が深い困惑と悲哀を抱いていたことは、当時の関係者の回想録でも生々しく語られています。
第二の異説であり、平成のネット社会を揺るがしたのがドラえもん最終回電池切れ説です。このプロットは、ある日突然ドラえもんが動かなくなり、未来からドラミちゃんを呼ぶものの、「ドラえもんは旧型のため、記憶を保持するバックアップメモリが耳の中にあったが耳を失っている。バッテリーを交換すると、のび太と過ごしたすべての記憶が消去されてしまう」という非情な宣告を受けるところから始まります。
ここから物語は、ドラえもんのび太開発者説の経緯へと劇的に繋がっていきます。のび太はドラえもんの記憶を残したまま再生させるため、猛勉強を決意。周囲の嘲笑を跳ね返して猛烈な努力を重ね、成長して世界最高峰のロボット工学者となり、ついに自らの手でドラえもんを再起動させる――。目覚めたドラえもんが「のび太くん、宿題はできたかい?」と語りかけるカタルシス溢れる展開です。
この物語は1998年頃にネット掲示板へ書き込まれたテキストが発祥であり、2005年にはある同人作家によって極めて高精度な絵柄でマンガ化(同人誌化)されました。その販売部数は1万3000部を超え、一般の書店流通にまで出回る異常事態となったため、小学館および藤子プロが著作権侵害として警告。最終的に同人作家側が謝罪文の公表と売上利益の一部を返金・和解する法的手続きが取られました。ストーリーの完成度があまりに高かったがゆえに、「これが本当の最終回だ」と信じ込む大人が続出した、異例の著作権事件でもあります。