日本におけるモダンジャズ、ボサノヴァ、フュージョンの歴史は、そのまま渡辺貞夫氏の足跡と重なります。栃木県宇都宮市に生まれた同氏は、戦後間もない時期にクラリネットからサックスへと転向し、上京後は秋吉敏子氏率いる名門「コージー・カルテット」に参加して頭角を現しました。
転機となったのは、1962年のアメリカ・ボストンにあるバークリー音楽大学(当時のバークリー音楽院)への留学です。本場のジャズ理論と作編曲の手法を徹底的に吸収した渡辺氏は、帰国後にその高度な音楽理論を惜しみなく日本の若手ミュージシャンたちに教授しました。この教育的貢献が、その後の日本のスタジオミュージシャンやアレンジャーのレベルを飛躍的に押し上げることになります。
そして1978年、日本の音楽シーンを決定的に変える大ヒットが生まれます。渡辺貞夫 代表曲 カリフォルニアシャワーです。西海岸の爽快な風をそのまま音楽にしたような開放的なサウンドは、資生堂のCMソングとしても起用され、インストゥルメンタル作品としては異例となるミリオンセラーを記録しました。「ジャズ=暗い地下のジャズ喫茶で煙草を燻らせながら難解な顔で聴くもの」という当時のステレオタイプを粉砕し、誰もが青空の下で口ずさめる明るいポップカルチャーへと昇華させた功績は計り知れません。