略奪愛とバッシングを受けながらも、2人は長年にわたり静かに愛を育み続けました。一時は中谷が事務所から独立して個人事務所を設立した際、渡部がバックアップするなど、事実上の夫婦同然のパートナーシップを築いていたと報じられています。
決定的な転機となったのが、2015年2月の写真週刊誌『FRIDAY(フライデー)』によるスクープ報道でした。都内の飲食店から出てきた2人が、人目を憚ることなく腕を組み、仲睦まじく夜の街を歩く姿が激写されたのです。かつては警戒を怠らなかった2人が堂々と密着する姿に、マスコミ各社は「15年の歳月を経てついに再婚秒読み」「中谷美紀が長年の忍耐を実らせた」と一斉に色めき立ちました。
しかし、そのわずか数か月後の2015年夏、2人は突如として破局を迎えます。長年寄り添った2人が別離を決断した背景には、長年の関係ゆえに生じた決定的な「3つのすれ違い」が存在していました。
① 40歳という節目における「法的なケジメ」への温度差
当時39歳を迎えていた中谷美紀は、人生の大きな節目を目前に控え、事実婚状態ではなく正式な婚姻届を提出する「ケジメ」を強く望むようになったとされます。一方の渡部は、一度の離婚経験や自立した大人の関係性を好む傾向があり、法的な枠組みに縛られることへの躊躇がありました。
② 前妻・RIKACOの子どもたちへの配慮と父親としての葛藤
渡部は離婚後もRIKACOや2人の息子たちと定期的に面会し、父親としての責任を果たし続けていました。子どもたちが多感な思春期から成人へと向かうデリケートな時期において、再婚によって新たな家庭の枠組みを作ることに対し、慎重にならざるを得ない事情を抱えていたと関係者は証言しています。
③ 「女優と演出家のような緊張関係」の限界
仕事面でも妥協を許さないプロ同士であった2人は、私生活においても常に互いを高め合う張り詰めた空気が漂っていました。癒やしや安らぎを求める渡部と、常に完璧主義で凛とした姿勢を崩さない中谷との間に、年月とともに目に見えない精神的疲労が蓄積していったと分析されています。