教育現場やネット上の質問コミュニティ(Yahoo!知恵袋や大手学習フォーラムなど)を調査すると、『春望』を学ぶ中高生がつまずくポイントには共通のパターンが存在することが分かります。
最も多く見られる誤解が、第1句の「国破れて」を「中国という国家全体が滅亡した」と解釈してしまうミスです。前述の通り、これは反乱軍によって都城である長安が陥落・破壊されたことを指しており、唐王朝自体はこの時点でまだ滅びていません。長安というシンボルが失われた衝撃を詠んでいるのであり、ここを取り違えると詩全体のスケール感が歪んでしまいます。
また、第6句の「家書万金に抵る」についても、「手紙を届けてもらうのに莫大な配送料金がかかった」という物理的なコストの話だと勘違いする生徒が後を絶ちません。当時は公的な郵便制度が戦乱で麻痺しており、手紙一通届くこと自体が奇跡に近い状況でした。ここでいう「万金」とは金銭の多寡ではなく、「家族が生きて無事でいるという知らせは何億円もの大金よりも尊い」という杜甫の切実な父親・夫としての感情の吐露です。
さらに、句切れの判定も定期テストで失点が多発する鬼門です。『春望』は第3句「感時花濺涙」の終わりで文意と感情が大きく一区切りつくため、「三句切れ」と判定されます。漢詩では第4句と第5句の間(前半と後半)で意味が分かれるケースが多い中、第3句という変則的な位置で感情がほとばしっている点が、文学的にも極めて高い評価を受ける要因となっています。