今でこそ世界ランク上位に定着した日本男子だが、ほんの数年前まではアジアでも苦戦を強いられていた。その流れを劇的に変えたのが、彼の監督就任だった。当時、若手だった石川祐希をキャプテンに据え、西田有志や高橋藍といった荒削りな才能をいち早く世界の舞台へと送り出した。その決断がなければ、現在の「最強時代」は訪れていなかっただろう。
「あの時は必死だった」と、彼は静かに振り返る。変革には痛みが伴う。古い慣習を壊し、世界基準のスピードと戦術を叩き込む作業は、まさに茨の道だった。周囲からの懐疑的な目を跳ね除け、信念を貫き通した強さが、今の日本代表の血肉となっている。