生きた英語のニュアンスを学ぶ上で、映像メディアは最良の教材だ。Netflixで世界中に配信され続ける伝説的シットコム『フレンズ(Friends)』を観察すると、キャラクターたちの間で交わされる「Maybe」がいかに多様なサブテキスト(言外の意図)を帯びているかが見えてくる。
例えば、登場人物が皮肉めいたトーンで「Maybe...」とつぶやくとき、それは「絶対に嫌だ」という拒絶のサインであったり、相手の的外れな提案を遠回しに揶揄する武器として使われたりする。親しい間柄だからこそ機能する、投げやりでユーモラスな「Maybe」の姿がそこにある。
対照的に、知性の最前線が集うTED Talksのステージでは、プレゼンターたちは極めて慎重に言葉を選び抜く。「arguably(ほぼ間違いなく / 主張の余地はあるが)」や「presumably(推測するに)」「most likely(極めて高い確率で)」といった、より緻密で知的なモダリティ表現が頻出する。聴衆に対して自らの仮説の確からしさを論理的に提示し、過度な断定を避けつつも説得力を損なわないための高度なレトリックだ。
BBC Learning Englishが提唱するように、ドラマのカジュアルな会話と格式高いスピーチの双方に触れることで、言葉の持つ温度感やソーシャル・ディスタンスを身体感覚としてインストールすることができる。