『私はピアノ』が高田みづえのキャリアにおける最大の代表曲のひとつとなった背景には、当時の時代背景と彼女自身の並外れた実力がありました。
第一に挙げられるのが、「圧倒的なピッチの正確さと哀愁を帯びた声質」です。当時の生放送の歌番組(『ザ・ベストテン』『夜のヒットスタジオ』など)においても、高田みづえの歌唱は音程のブレが一切なく、レコード音源以上の迫力と哀感を放っていました。彼女の歌声は、10代のリスナーだけでなく、演歌や大人の歌謡曲を好む中高年層の心をも強烈に掴みました。
第二に、1980年という時代が求めた「ニューミュージックの洗練と歌謡曲の親しみやすさの融合」です。桑田佳祐のモダンなコード進行とメロディラインを、歌謡界屈指のアレンジャー・松井忠重が豊麗なストリングスと哀愁のピアノソロで仕立て直したことで、お茶の間のテレビから流れるポップスとして完璧な完成度を誇りました。
その結果、シングルはオリコン週間チャートで最高5位を記録し、第22回日本レコード大賞で金賞を受賞、同年の『第31回NHK紅白歌合戦』でも披露されるなど、名実ともに1980年を代表する大ヒット曲となりました。