高校卒業後、2人はあえて異なる進路を選択しました。野村祐輔は東京六大学の伝統校である明治大学へ進学。1年次から主戦投手として登板を重ね、4年間で通算30勝、300奪三振という東京六大学野球史上屈指の金字塔を打ち立てました。安定した制球力と勝負どころでのギアチェンジに磨きをかけ、大学球界屈指の右腕としての地位を確固たるものにしました。
一方の小林誠司は関西の名門・同志社大学へ進学。関西学生野球連盟で正捕手としてチームを牽引し、卒業後は社会人野球の強豪・日本生命に進んでさらなる実戦経験を積みました。捕手としての類まれな強肩とインサイドワークを徹底的に鍛え上げ、社会人球界を代表する守備型捕手へと飛躍を遂げたのです。
当時の広陵 同級生 プロ野球選手には、後に広島東洋カープでチームメイトとなる土生翔平らも名を連ねており、ハイレベルな同期生たちとお互いの活躍を遠くから意識し合う環境が整っていました。高校時代の悔しさを胸に別々の環境で頂点を目指し続けた結果、野村は2011年ドラフト1位で野村祐輔 広島東洋カープへ、小林は2013年ドラフト1位で小林誠司 読売ジャイアンツへと、名実ともに最高峰のプロ野球チームへトップ指名で入団を果たしました。