ピクトグラムとは?非常口やトイレの歴史とアイコンとの違いを徹底解剖

ピクトグラムとは?非常口やトイレの歴史とアイコンとの違いを徹底解剖

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世界中で当たり前のように使われているピクトグラムですが、その近代的な発展と世界標準化の歴史において、日本は極めて大きな役割を果たしてきました。

大きな転換点となったのが、1964年の東京オリンピックです。当時、非欧米圏で初開催となった東京五輪には世界中から選手や観光客が訪れましたが、当時の日本では外国語による案内表示が整っていませんでした。そこでアートディレクターの勝見勝氏を中心とする若手デザイナーたちが結集し、「言葉が通じなくても施設や競技がひと目でわかる案内標識」を一から作り上げました。これが世界で初めて体系的に整備された公共ピクトグラムの誕生です。当時のデザイナー陣が「社会の財産として広く使われるべきだ」と著作権を放棄したことで、世界各地の公共デザインへと波及していきました。

現在世界中で定着している「男性=青(黒)のズボン姿」「女性=赤のスカート姿」というトイレマークの色分け表示も、この1964年東京五輪の選手村食堂や施設で導入された試みが発祥とされています。それ以前の欧米では「MEN」「WOMEN」といった文字表記が主流であり、色とシルエットだけで男女を瞬時に識別させる手法は画期的な発明でした。

さらに、ビルや地下街で見かける「緑色の人が駆け込む非常口マーク」も日本生まれのデザインです。1970年代に国内で相次いだ大規模ビル火災(千日デパートビル火災など)を教訓に、消防庁が1979年に公募を実施。グラフィックデザイナーの小谷松敏彦氏による原案を基に勝井三雄氏らが洗練させ、1982年に消防法で正式採用されました。この優れた視認性と緊迫感を伝える造形は国際的にも高く評価され、1987年にISO(国際標準化機構)の安全標識規格に採用。現在では世界各国の非常口を示す国際標準として人々の命を守り続けています。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。