耳川の戦いの衝撃は、九州全土を激震させました。北九州の覇者として君臨していた大友氏の権威は失墜し、筑前・筑後・肥前などの国衆が次々と離反。これに乗じて肥前の龍造寺隆信が急速に勢力を拡大し、大友・島津・龍造寺が三つ巴で争う「九州三国志」の時代が幕を開けます。
一方、大勝を収めた島津氏は日向を完全に手中に収め、九州統一へ向けた進撃を一気に加速させていくことになります。
現在、宮崎県木城町や川南町、高鍋町一帯に広がる日向国古戦場には、激闘の跡を物語る供養塔や城跡が静かに佇んでいます。現地を訪れると、川を挟んだ地形の険しさや伏兵に適した起伏が今なお残っており、戦国時代の息遣いと指揮官たちの心理戦の痕跡を克明に体感することができます。