青年将校たちの壊滅によって皇道派が一掃されたことは、皮肉にも日本をさらなる軍国主義の深淵へと導く結果を生みました。
皇道派の暴走を口実に、対立していた統制派(東條英機ら)が陸軍の主導権を完全に掌握したのです。軍部は「軍の統制を保つため」と称して政治への発言力を劇的に強め、軍部大臣現役武官制を復活させました。これにより、軍の意向に従わない内閣は陸海軍大臣を出してもらえず総辞職に追い込まれる仕組みが完成し、政党政治は息の根を止められました。
腐敗した政治を倒して国民を救おうとした青年将校たちの行動は、結果として軍部独裁の歯止めを完全に失わせ、日中戦争の泥沼化から太平洋戦争の開戦へと日本を突き進ませる決定打となったのです。