二・二六事件で散った渡辺錠太郎の最期|娘が語る真相と襲撃の理由を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を分かりやすく展開します。
渡辺錠太郎という人物の思想的背景も、過激派将校たちを刺激する要因となりました。農家の出身(旧姓・和田)から身を起こした錠太郎は、陸軍士官学校を8期として卒業後、陸軍大学校を第17期首席で卒業した屈指の秀才でした。
ドイツ留学やオランダ公使館付武官など通算してヨーロッパ駐在が長く、第一次世界大戦の総力戦体制を現地で調査。国際情勢を冷徹に見極めるプラグマティズムと、自由主義的で柔軟な思考を持ち合わせていました。軍備近代化や航空戦力の整備に尽力し、第7師団長や航空本部長を歴任するなど、陸軍随一の国際協調派として内外から高く評価されていたのです。
当時、日本国内を揺るがしていた「天皇機関説問題」においても、美濃部達吉の学説を支持・理解する姿勢を示していました。軍内部の会議で「機関説は憲法解釈として理にかなっており、排撃する必要はない」という趣旨の発言を行ったことが国体明徴論を叫ぶ急進派の耳に入り、「国体を冒涜する不忠の将軍」というレッテルを貼られる決定打となりました。
襲撃対象(役職)青年将校側の主張・襲撃理由歴史的実態・政治的立場当編集部の検証・評価渡辺錠太郎
(教育総監・陸軍大将)真崎更迭の黒幕、天皇機関説の容認者、軍閥専横の張本人陸大首席の国際派。特定の派閥を嫌い、軍の政治関与に批判的派閥抗争の生贄。陸軍内で冷静な国際感覚を持つ貴重な頭脳を自ら失う結果となった斎藤実
(内大臣・元首相)君側の奸、ロンドン海軍軍縮条約を推進した親英米派の巨頭穏健な立憲主義者。昭和天皇の篤い信頼を受ける宮中重臣昭和天皇の盾となる存在を排除することで、軍部の独走を決定づけた高橋是清
(大蔵大臣・元首相)軍事費削減を画策し、国家改造を妨害する財閥擁護の元凶ケインズ政策を先取りした名蔵相。インフレ懸念から軍事費抑制を主張財政規律を支えた重鎮の死により、日本の戦時財政崩壊とインフレが加速鈴木貫太郎
(侍従長・重傷生還)天皇を補弼せず、軍の意向を握りつぶす宮廷官僚の代表格海軍大将。沈着冷静な人格で天皇を側近として補佐奇跡的に一命を取り留め、のちに1945年首相として終戦(ポツダム宣言受諾)を導く