現在、二階家の政治的な看板を背負って最前線に立っているのが三男の二階伸康氏です。1978年生まれの伸康氏は、兄たちとは異なるキャリアパスを経て政界入りを果たしました。
エリート企業人から政界へ|青山学院大学とANAでのキャリア
伸康氏は青山学院大学を卒業後、日本の大手航空会社である全日本空輸(ANA)に入社しました。民間企業で約10年間にわたり広報や営業などの実務経験を積み、民間感覚を養った人物として評価されています。民間時代の同僚や関係者からも「物腰が柔らかく、大手企業の組織人として堅実な仕事ぶりだった」と語られており、威圧感を感じさせない人柄が特徴です。
その後、2014年に父である俊博氏の公設秘書に転身。経済産業大臣秘書官や自民党幹事長秘書を歴任し、父の側近として中央政界の政策立案や地元調整の最前線を支えることになりました。
2026年和歌山2区「世紀の保守分裂選挙」と現在の再起活動
2026年、二階俊博氏が次期衆院選への不出馬を表明すると、自民党和歌山県連の公募を経て伸康氏が後継候補として擁立されました。小選挙区の区割り改編(和歌山県の定数が3から2へ減少)に伴い、新・和歌山2区から自民党公認で出馬したものの、ここで最大のライバルとなったのが、参議院から鞍替え無所属で出馬した世耕弘成氏でした。
長年、和歌山の主導権を競い合ってきた「二階派 vs 世耕派」の因縁が真正面から激突したこの選挙戦は、全国的な注目を集めました。結果は世耕氏が約10万票を獲得し、伸康氏は約6万票にとどまり落選。自民党の公認と強固な組織推薦を得ながらも、無所属の世耕氏に大差をつけられる厳しい結末となりました。
しかし伸康氏は政界引退を選ばず、落選直後から和歌山県内での辻立ちやミニ集会、各種団体への挨拶回りを地道に継続しています。「父の威光に頼るのではなく、一人の政治家としてゼロから信頼を取り戻す」として、次期衆院選での議席奪還に向けた地盤固めに奔走しています。