二階俊樹氏の歩みを振り返る上で欠かせないのが、父・俊博氏との緊密な政治的一体化です。二階家の家族構成は、父・俊博氏、母(故人)、そして俊樹氏を長男とする3人兄弟で構成されています。次男の直哉氏は銀座の高級クラブ勤務やコンサルティング業など民間ビジネスの世界に進み、三男の伸康氏は後に父の公設秘書を務めることになります。
俊樹氏は大学卒業後、一般企業勤務などを経ずに父の事務所に入り、秘書としてのキャリアをスタートさせました。学歴については成蹊大学出身などの情報が広く知られていますが、学内での活動よりも、若くして政治の現場に身を投じた経歴がその後の人格形成に強い影響を与えたと指摘されています。
父が経済産業大臣や自民党総務会長、幹事長といった要職を歴任するなかで、俊樹氏は政策担当秘書として絶大な発言権を握りました。中央官庁の官僚たちに対する窓口となり、公共事業の陳情や予算配分を差配するポジションに就いたことで、地元・和歌山では「俊樹氏を通さなければ話が進まない」と囁かれるほどの権勢を誇った時期がありました。