本書は大きく二つのパートに分かれている。前半部で描写されるのは、1997年に発生した神戸連続児童殺傷事件へ至る衝動と、警察に逮捕されるまでの極めて生々しい記憶だ。「酒鬼薔薇聖斗」という名を自ら名乗り、社会を恐怖の底に突き落とした少年時代の内面世界。そこには、命に対する歪んだフェティシズムや、自らの内に潜む「性衝動」と「殺人への欲望」が冷徹なまでの自己観察とともに綴られている。
一方で後半部は、医療少年院での矯正教育を経て、社会復帰を果たした後の「元少年A」の生活を描く。社会の片隅で身元を隠しながら肉体労働に従事し、葛藤する日々。自己の犯した罪の重さに恐怖し、罪悪感に苛まれながらも生き続ける自らの苦悩が吐露されている。しかし、著者が自らの内に抱える闇を言葉で表現しようとすればするほど、読者が抱く「自己保身」や「自己陶酔」に対する違和感は増幅した。殺害された被害者児童とその遺族への謝罪の言葉も含まれているが、それが真摯な反省に基づくものなのか、あるいは自己の存在を正当化するための文学的ポーズに過ぎないのか、評価は真っ二つに分かれている。