富川氏は2026年10月の番組改編で『報道ステーション』の月〜木曜メインキャスターから金曜担当へとシフトし、その後2026年3月末をもってテレビ朝日を電撃退社しました。局のエースアナウンサーが40代半ばで会社を去る決断は、放送業界内外に大きな驚きを与えました。
同年4月、富川氏が選んだ新たなフィールドは、日本を代表するグローバル企業・トヨタ自動車への転職でした。オウンドメディア「トヨタイムズ」の専属記者・キャスターとして、社長や開発現場の第一線に自ら赴き、生きた情報を発信するポジションに就任したのです。
この転職理由の根底には、ジャーナリストとしての原点回帰だけでなく、家族との時間を抜本的に見直す意図がありました。深夜に及ぶ生放送帯番組の重圧から解放され、自らのペースで現場取材と発信に取り組める環境を手に入れたことで、家庭内で父親・夫として過ごす時間の質が劇的に向上しました。東京と愛知を行き来する柔軟なワークスタイルを確立し、家族との物理的・精神的な距離感を健全に保てるようになったことが、家庭の安定に大きく寄与しています。