2011年3月11日。東京・永田町の首相官邸は、かつてない揺れに襲われた。情報が錯綜し、東京電力からの報告は遅れ、現場の状況は刻一刻と悪化していく。当時、首相だった彼は、官僚たちの煮え切らない態度に激昂し、自ら福島へとヘリを飛ばした。この行動は当時、「現場を混乱させた」と激しいバッシングを浴びることになる。
しかし、15年が経過した今、あの決断の裏にあった焦燥感を理解する者は少なくない。東電の本店に乗り込み、「撤退などあり得ない」と怒鳴り散らした彼の姿は、当時の狂気とも言える緊迫感を物語っている。システムが機能不全に陥ったとき、政治家個人が背負うべき責任とは何か。彼はその重圧を、身をもって知る数少ない生存者だ。