2011年3月19日未明。東京消防庁の精鋭部隊である「ハイパーレスキュー隊」は、水素爆発によって瓦礫の山と化した3号機原子炉建屋への放水作業を敢行した。津波によって送水ポンプが破壊され、海水を注水するルートがことごとく途絶えた中での、まさに最後の砦としての出動だった。
瓦礫を乗り越え、屈曲するホースを手作業で延ばす隊員たち。放水車両「屈折放水塔車」を原子炉付近に固定する作業は、高濃度の放射線と隣り合わせだった。暗闇と静寂を切り裂く線量計のアラーム音。隊員の一人は後年のインタビューで、「死を覚悟した瞬間が何度もあった」と述懐している。彼らはまさに命を削って冷やし続けた。