幼い頃の記憶を振り返ると、ペンを握って笑顔を描いてから吊るす手順が一般的でした。しかし、民俗調査や寺社の祈祷儀礼を検証すると、最初から顔を描く行為は明確にタブー視されています。なぜ最初に描いてはいけないのか、そこには日本の人形(ひとがた)信仰に根ざした切実な理由が存在します。
最大の理由は、雨水による「顔の崩れ」の回避です。吊るしたてるてる坊主にあらかじめ水性や油性のペンで顔を描いておくと、大気中の湿気や万が一の吹き込み雨、結露によってインクがにじみ、まるで涙を流しているかのような異様な表情に変化してしまいます。民俗学者の研究資料や伝承記録によると、「てるてる坊主が涙を流す=雨を呼ぶ」という凶兆と見なされ、晴天祈願において最も避けるべき状態とされてきました。
さらに本質的な背景として、だるま(達磨)の願掛けと同様の「開眼供養(がんげんくよう)」の概念があります。祈願を捧げる対象には最初魂を入れず、いわゆる「のっぺらぼう(顔なし)」の無垢な状態で天に掲げます。そして、翌日に無事晴天に恵まれた際、神仏や天霊への感謝を込めて初めて瞳や口を描き加えるのが、てるてる坊主の顔を描くタイミングにおける古来の正統ルールです。
「顔を描いてから吊るすのが当たり前だと思っていた」という現代人の意識に対し、寺社関係者への聞き取り取材では「目を入れる行為は魂を吹き込む厳粛な結び。願いが成就する前に顔を完成させては、神様との誓約が成立しない」との見解が一貫して語られています。祈りの効力を損なわないためにも、まずは真っ白な顔のない状態で空を仰がせる姿勢が肝要です。