奥の院の参道は、俗界との境目とされる「一の橋(大渡橋)」から始まり、御廟まで約2キロの石畳が続きます。この参道沿いに林立する20万基以上の供養塔は、皇族や貴族、僧侶のみならず、名だたる戦国武将から庶民、さらには近代の企業墓に至るまで、階層や時代を超えて集められたものです。
特筆すべきは、乱世で熾烈な争いを繰り広げた宿敵同士が、わずか数十メートルの距離で隣り合って眠っている点です。この特異な景観の背景には、仏の慈悲の前では敵も味方も平等に救済されるという「怨親平等(おんしんびょうどう)」の精神が存在します。
奥の院に佇む主な戦国武将・歴史上の人物の供養塔:
- 織田信長公供養塔:本能寺の変の後、家臣や高野山の僧によって建立された五輪塔。すぐ近くには明智光秀の供養塔も佇む。
- 豊臣家墓所:参道から石段を上がった高台に位置し、豊臣秀吉をはじめ秀長や母・大政所など一族が手厚く祀られている。
- 武田信玄・勝頼供養塔:甲斐の虎と称された信玄と勝頼父子の供養碑。参道を挟むように上杉謙信の霊屋(御廟)が対峙する配置は歴史の因果を感じさせる。
- 伊達政宗・石田三成・徳川家:関ヶ原や大坂の陣で刃を交えた東西の大名たちが、深い苔に覆われた森の中で静寂を共有している。
- 近代・現代の企業供養塔:航空会社、自動車メーカー、日用品企業などが建立した物故社員の慰霊碑やユニークな造形の記念碑群。
これらの供養塔は、五輪塔(地・水・火・風・空の宇宙を構成する五大要素をかたどった石塔)で構成されており、森全体がひとつの巨大な曼荼羅(まんだら)として機能していることが実感できます。