劇中で描かれる「薩摩弁が外部の人間に全く通じない」という特徴は、誇張されたギャグではなく厳然たる史実に基づく軍事的な背景があります。
幕末の動乱期、薩摩藩は他藩のスパイ(間者)による情報漏洩を防ぐため、意図的に語彙の音便化や語尾の省略を推し進め、藩外の人間には理解できない独自の言語防壁を築き上げました。この特性は明治維新を経て大日本帝国軍が創設された後も活用されます。
特に太平洋戦争末期の南方戦線において、旧日本軍は無線通信を傍受されるリスクを回避するため、鹿児島出身の兵士同士を通信手として配置し、薩摩弁で直接交信させる「生体暗号(コードトーカー)」の手法を実戦投入しました。アメリカ軍は高度な暗号解読機材を駆使していたものの、傍受した音声が日本語の文法体系と大きくかけ離れていたため、「新種の未解読コード」あるいは「未知のアジア系言語」として処理に大混乱をきたしたという記録が残されています。
鯉登音之進の父親である鯉登平二(海軍少将)が重厚な薩摩弁を操り、海軍の中枢に座している描写も、明治・大正期の日本海軍が薩摩閥によって主導されていた歴史的リアリズムを忠実に反映したものです。薩摩弁は単なる地方の一方言ではなく、国家の防衛と中枢権力に直結した「特権的かつ軍事的な言葉」であったことが分かります。