藤圭子がデビュー曲『新宿の女』で日本クラウンから彗星のごとく現れた瞬間、日本の音楽・芸能界の地殻変動が始まった。怨歌とも呼ばれたその歌唱は、高度経済成長期の陰で置き去りにされた人々の痛みを容赦なく抉り出し、続く『圭子の夢は夜ひらく』で頂点を極める。ファーストアルバムは前人未到の20週連続1位を記録。だが、この巨大すぎる成功こそが、彼女の精神を徐々に追い詰める引き金にもなった。
夜の街を背負わされた少女の重圧は計り知れない。自らの声帯にメスを入れ、歌声の変化に抗いながらも、彼女は常に「藤圭子」という虚像との乖離に苦しみ抜いていた。演歌・昭和歌謡の黄金期を誰よりも速く駆け抜けた彼女が、晩年の終着点として選んだのが、皮肉にもかつて自らの原点となった「新宿」の地であったことは、運命の残酷な円環を感じさせる。