戦後の混沌が色濃く残る1953年、彼女は詩人の川崎洋とともに詩誌「櫂」を創刊した。そこに集ったのは、谷川俊太郎や吉野弘、大岡信といった、後に日本を代表することになる若き才能たちである。思想的イデオロギーや難解な実験的手法に傾斜しがちだった当時の現代詩の潮流にあって、「櫂」の同人たちは日常の生きた言葉で人間の真実を射止めることを目指した。
戦前教育の欺瞞を骨の髄まで味わった彼女にとって、詩とは抽象的な遊戯ではなく、生活と地続きの覚悟そのものだった。飾り立てた修辞を剥ぎ取り、誰もが理解できる平易な言葉で本質を突く。その潔い姿勢こそが戦後文学の枠組みを刷新し、彼女を独自の高みへと押し上げる礎となった。