谷崎が千萬子に宛てて送った往復書簡(手紙)は、後に出版され日本文学界に大きな衝撃を与えました。「千萬子様、どうか私を足蹴にしてください」「貴女の奴隷になります」といった文豪の赤裸々で狂気じみた恋文が、幾通も交わされていたからです。
極めて特異だったのは、この熱烈な文通を正妻である谷崎松子が完全に把握し、むしろ夫の創作活動のために容認・後押ししていた点です。松子はかつて自らが谷崎の『細雪』などのミューズとして崇められた経験から、谷崎が傑作を生み出すためには「崇拝すべき絶対的女性」が不可欠であることを誰よりも理解していました。
妻・松子の静かな見守りのもと、義理の娘である千萬子が新たなミューズを演じ、老いた巨匠が傑作を書き上げるという、世間の常識を遥かに超越した芸術至上主義的な空間が谷崎邸には形成されていたのです。