冠位十二階とは?聖徳太子が世襲を壊した真の狙いと色の序列を徹底解説

冠位十二階とは?聖徳太子が世襲を壊した真の狙いと色の序列を徹底解説

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なぜこの時期、急進的とも言える人事改革を断行しなければならなかったのでしょうか。その直接の引き金となったのは、国内問題以上に緊迫する東アジアの国際情勢でした。

589年、中国大陸において約300年におよぶ南北朝の分裂時代に終止符を打ち、巨大帝国「隋」が誕生しました。隋は強大な軍事力と洗練された律令・官僚制度を誇り、周辺諸国に朝貢と臣従を迫っていました。当時、朝鮮半島の高句麗・百済・新羅はいち早く隋の動向に対応して使節を送り、国内体制の整備を急いでいました。

一方の倭国(日本)は、各地の豪族が勝手な衣装を着て宮廷に集まり、序列も曖昧なまま一族の利害を主張し合っている状態でした。もしこの無秩序な姿のまま隋の使者を迎えたり、あるいは自ら使節を派遣したりすれば、「東夷の未開国」と見下され、対等な外交関係など到底結べません。事実、600年に派遣された第1回遣隋使(『隋書』倭国伝に記録が残る使節)では、倭国の未成熟な国家体制や風習が隋の文帝から厳しく批判されたと伝えられています。

この外交的敗北に強い危機感を抱いた聖徳太子らは、「国家の威信を対外的に示すための整然とした秩序」を構築することを急務と位置づけました。中国大陸の官位制度を研究し、隋の皇帝に対面しても恥ずかしくない格式高い官僚機構を急造する必要があったのです。国内豪族の既得権益を抑え込み、天皇を中心とする統一国家であることを内外に誇示する――これこそが冠位十二階が制定された真の狙いでした。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。