恵方巻き発祥の歴史には諸説あり、その中でも最も有名なのが「大阪の花街発祥説」です。江戸時代末期から大正時代にかけて、大阪・船場や新町などの花街で、芸妓や旦那衆が節分の時期に商売繁盛や無病息災を祈願し、太巻きにかじりついて遊んだのが始まりと伝えられています。お座敷遊びの一環として、口から福が逃げないよう無言で食べるというユーモラスなルールが生まれたという見立てです。
しかし、これが一般市民の年中行事として定着した背景には、明確な業界のプロモーションが存在しました。決定的な転機となったのは、1932(昭和7)年に大阪鮓商工協同組合が配布したチラシです。「節分の日に丸かぶり」と銘打ち、幸運を手に入れる縁起担ぎとして巻き寿司をアピールしました。
さらに戦後の1970年代に入ると、大阪海苔問屋協同組合(現・大阪海苔協同組合)が道頓堀で大規模な「海苔祭り」や丸かぶり寿司の早食いイベントを開催。関西の寿司組合とタッグを組み、2月の需要期を創出するための商業キャンペーンとして「節分の丸かぶり寿司」を強力に後押ししました。伝統的な願掛けの風習と、上方商人のアグレッシブな商魂が見事に融合した結果、関西特有の食文化が強固に形作られたのです。