ネット上の情報やライト層の間でしばしば見受けられる誤解が、「鬼平犯科帳は『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』のような単純な勧善懲悪ドラマである」という思い込みです。これは作品の本質を見誤っています。
本作に登場する犯罪者たちは、生まれながらの悪人ばかりではありません。やむにやまれぬ事情から盗賊に身を落とした者、義理と人情の板挟みで苦しむ者、そして平蔵に恩義を感じて命がけで情報をもたらす「密偵」たちが主役となります。
平蔵自身も「盗人宿に踏み込んで情けをかけることもあれば、非道な凶賊に対しては呵責なき処罰を下す」という二面性を持っています。悪人を完全に断罪してスカッとするカタルシスではなく、「人間の心に潜む業(ごう)の深さと、それでも生きていく哀しさ」に静かに寄り添うことこそが、池波文学の真骨頂であり、大人が何度観ても飽きない最大の理由です。