作家・池波正太郎が生み出した『鬼平犯科帳』によって、長谷川平蔵の名は不朽のものとなりました。テレビ時代劇では八代目松本幸四郎、丹波哲郎、萬屋錦之介、そして二代目中村吉右衛門が演じ、近年では十代目松本幸四郎が主演を務めるなど、世代を超えて受け継がれています。しかし、劇中の描写と歴史的事実にはいくつかの決定的な差異が存在します。
最大の違いは、平蔵が率いた組織の規模と捜査手法です。ドラマでは平蔵が自ら抜刀して悪党のアジトへ踏み込む痛快なチャンバラが描かれますが、実際の火付盗賊改方長官は、部下の与力や同心を指揮し、密偵(いわゆる「いぬ」)から上がってくる情報を精査する情報分析官・総指揮官としての職務が中心でした。
また、青年時代の放蕩ぶりについても検証が必要です。平蔵は若い頃「本所の銕(てつ)」とあだ名され、無頼の徒と交わって吉原や深川の遊郭に入り浸っていたとされます。この逸話は単なる伝説ではなく、同時代の旗本・水野為長が記した政治情報記録『よしの冊子』にも「若い頃は放蕩無頼で、悪所(遊郭・賭場)に通い詰めていた」と明記されています。裏社会の生態や犯罪者の心理、裏路地の地理を肌感覚で知り尽くしていた経験こそが、後の卓越した捜査力の土台となったのは間違いありません。