吉本興業の看板タレントとしてテレビ界を席巻する一方、上方落語の復興にも人生を捧げた桂文枝。2000年代以降、上方落語協会の会長に就任し、定席「天満天神繁昌亭」の開場に奔走した時期は、精神的にも肉体的にも極限状態にありました。
東西の落語界の調整や資金集めに奔走し、時に激しい批判に晒される夫に対し、真由美夫人は余計な助言をする代わりに、いつも変わらぬ温かい食事と静寂の空間を用意しました。「家の中だけは、会長でも大スターでもない本来の夫に戻れる場所にしたい」。その細やかな気遣いが、伝統の重圧に押し潰されそうになっていた文枝を救ったのです。六代目 桂文枝の大名跡襲名を果たした際も、彼女は舞台袖の暗がりから静かに手を合わせ、夫の晴れ姿を見届けていました。